第5回 202138 / 202142

「この曲は、ここからがスタート」

いよいよ楽曲の完成形が見えてきた。レコーディングのスケジュールも決まった。コロナ禍で社会が大きく揺れ動く中、新しいやり方で、この先もずっと歌い継がれる普遍的な歌をどのように紡ぐことができるのか――。そんなことを胸に、亀田誠治、水野良樹、吉岡聖恵、山下穂尊の4人が最初にオンラインで集まってから10ヶ月。長期にわたるリモートでの楽曲制作過程をドキュメントする「今日から、ここから」観察日記も、これで最終回となる。ただ、じっくりと話し合いを重ねてきた4人の胸の内には「楽曲が完成することがゴールじゃない」という気持ちが芽生えていたようだ。

3月8日。吉岡が自宅で仮歌を録音したデモ音源をもとに、レコーディングに向けて最後のリモートミーティングが行われた。


全員おはようございます。

亀田今日はほぼ大詰めです。前回、山下くんの叩き台をもとに聖恵ちゃんが歌詞を書いて、それを何回かキャッチボールして磨いて。昨日、最新の歌詞で仮歌を入れていただいたものが届きました。俺、すごくいいと思ってるんですけど、まずは聴きましょうか?

今日から ここから
この世界かわってゆくように
今日から ここから
願い こめて
優しい 風の中で

Lalala...

夕暮れの街 ひとり 歩いて
懐かしい景色 おもっている
いつもの日々と
愛しき今が
やさしく溶け合っていくよ

今日から ここから
この世界 かわってゆくように
今日から ここから
歩きはじめよう
今日から ここから
風がまた かわってゆくように
今日から ここから
日々を重ねよう
愛しい 空の下で

つまづいた時 差し伸べられた
あの手 握れずにいたけれど
あきらめていた こころの扉
今なら ひらけるかな

Lalala... Lalala...

今日からここから
この世界 かわってゆくだろう
今日か ここから
歌いながら
今日から ここから
僕もまた かわってゆくだろう
今日からここから
想い 伝えよう

遠くこの空 君といま手を伸ばして
優しい 笑顔を忘れたくない
新しい 風の中で
新しい 風の中で

亀田これはもうメンバー間でやり取りしたの?

水野今みんなで共有しました。一点だけ、聖恵からもらった2Aの「あきらめていた こころの扉 今なら ひらけるかな」というところは、もうひと押しいけるなと思っていて。その前の「つまづいた時 差し伸べられた あの手 握れずにいたけれど」というところで、人に助けを求めたり誰かに頼ったりすることを躊躇していたわけだから、そこから心が変わって前を向いて進めるようになったことを素直に書く表現になったら筋が通るかな、と。

亀田たしかに。

水野あとは、1Aの亀田さんに書いていただいた「やさしく溶け合っていくよ」のところは、すごくいいなと思っていて。最初の2行、もう少しなんかやれるんじゃないかと思いました。「夕暮れの街 ひとり 歩いて」というのが少し唐突かもしれないと思って。たとえば、僕は「朝がくるまで一人泣いてた 懐かしい気持ちでどこへいこう」と書いたんですけど。それまで大変で、つらい思いを共有してくれる人もいなかったという表現なんですけれど。そこから、前にみんなで話した「懐かしい景色」とか「懐かしい気持ち」、「これまでの日常があった」ということはやっぱり大事にしたいから、懐かしいものを探しにいくような感じで始まるのがいいのかなって。

無理のない感じがいいね

水野の提案をもとに、歌詞の推敲が進んでいく。Googleドキュメントを使って歌詞のテキストを共有し、リアルタイムで共同編集していくという、新たな手法での作業が始まった。
まず俎上に乗せられたのは、1番のAメロの最初の2行。


夕暮れの街 ひとり 歩いて
懐かしい景色 おもっている

亀田今までやってないけど、みんなでGoogleドキュメントを共有して、そこに聖恵ちゃんも、山下くんも、思いついたことをどんどん書きこんでいく形でやってみようか。その形でいけるとこまでいっちゃおう。

吉岡いってみちゃいましょう。

亀田水野くんの「朝がくるまで一人泣いてた」というのは、このコロナの時期を象徴するようなフレーズだよね。「懐かしい気持ちでどこへいこう」というのは?

水野イメージとしては、前の日常があった時に持ってた前向きさを思い出してる感じです。旅行もなかなかできないし、どこかにいくというのも、今はすごく特別なことだから。

吉岡なるほどね。「朝がくるまで一人泣いてた」は、すごくわかりやすいと思う。今までがあったことを一行で語ってるもんね。「上野発の夜行列車 おりた時から」感がある。

亀田ははは! きた! またもや水野良樹、阿久悠先生降臨(笑)!。

水野天国の阿久先生に「一緒にするな」って怒られます(笑)。でもまあ、冒頭としてはいいかな。

亀田泣いてたっていうのが重く感じないもんね。すっと入ってくる。

水野ただ、今思ったんですけど、「懐かしい気持ち」というのがちょっと曖昧かもしれない。たとえば「懐かしい願い」とか。

亀田「懐かしい願い」だとちょっと抽象的すぎるかな。一つ膜が入る感じがあるね。

吉岡膜! なるほど、勉強になるわ。

亀田水野くんとこんな会話してるのも初めてだからね。

水野方向やベクトルのある言葉が入ったほうがいいかもしれない。「懐かしい希望」だと少し固くなっちゃうから、もうすこし普段使う言葉で。

山下「懐かしい歩幅」とか。

亀田詩人だね。さすが。

水野歩幅ね。これはいいんじゃないかな。山下さん、いいですよ。

亀田みんな、普段こんな会話するの?

吉岡したことない! 初めてリーダーが「山下さん、いいですよ」って言うのを聞いた。フリーザっぽかったよ(笑)。

水野「懐かしい歩幅」は無理のない感じがいいね。 今まで歩いてたスピードで、ということにも意思の強さを感じるし。いいんじゃないですか。

亀田一番のAメロはひとまずこれでいこう。やっぱり「いつもの日々」が中心にあるのが効いてるね。

水野「いつもの日々」が無くなっちゃったってことが大きいんでしょうね。今だからこそ重みをなしてくるというか。

観察日記 2021年3月8日収録 その1

今の状況を受け入れていて、
未来の希望もちゃんと持っている

Googleドキュメントを用いての歌詞の推敲作業は、続いて2番のAメロの後半2行に。ここは思っていた以上に難関なようだ。

あきらめていた こころの扉
今なら ひらけるかな

亀田「あきらめていた」は残します? ここから跳躍できるといいよね。

水野Zoomなのにみんな沈黙して考えている……。

吉岡こういう時って、みなさん頭の中で絵を思い浮かべてるんですか?

水野どうだろう。どうなんだろうね。

亀田考えてる。自分の引き出しから引っ張ってきたり、それを検証したりすることもあるけど、ただだた考えてる。

水野沼に入ってきたかな……。出るときはすっと出るんだけど、出ないときは本当に出ないんですよね。

山下「君と見上げた 眩しい空は 変わらずに 青かったんだ」みたいなニュアンスはどうですか。

亀田1Aとうまく溶け合っている感じ、いい感じはあるね。この後の「Lalala...」に行く前に、もうちょっとだけ前向きになる。

吉岡ここの「Lalala...」のところは気持ちが弾けてるんですよね。

亀田そうだね。だから、その前のところでもうちょっと開いたほうがいいかな。

山下意思がほしい感じかな。

吉岡打ち破る感じとか、前向きに行く感じとか。うーん……。

水野(キーボードを打つ)

吉岡「ほほえみだけは忘れたくない きっとまた会えるから」。おお! いい気がする。

水野筋は通るよね。

亀田響きも意味もバッチリだね。いいんじゃないですか?

水野たとえば、これだと?(キーボードを打つ)

吉岡いいかも! 「♪ほほえみだけは忘れないから いつかまた会えるまで」(歌う)。

水野「いつかまた会えるように」だと歌いづらいよね。

吉岡(歌う)。さっきのほうが音が開ける感じがしたかも。

山下最後を「から」にして、二つとも「から」にするのも意思がある気がする。

亀田本当だ。「いつかまた会えるから」はやっぱりいいね。今の状況を受け入れていて、未来の希望もちゃんと持っている。「から」「から」にするのも悪くないんだけど。

水野「忘れたくない」でいいのかもしれない。

吉岡「忘れたくない」は、自分に言い聞かせてる感じがします。「い」でグッと押し込んで、最後に解き放つみたいな。

亀田うん。いいかもね! できたんじゃない!?

こうして歌詞の大枠が完成。これをもとに亀田がアレンジと曲構成を整理したデモを作り、それをもとにオケをレコーディング、歌入れするというスケジュールも定まった。

観察日記 2021年3月8日収録 その2

心を込めて録音しましょう

そして、4月2日。都内レコーディングスタジオに、亀田誠治、いきものがかりのメンバー3人とスタッフたちが集まった。

吉岡おはようございます!

亀田この日が来てしまいましたよ、ついに。

水野ねえ。

ミキサー卓の前には、譜面やプリントアウトされた歌詞が並ぶ。レコーディングエンジニアは、これまで10年以上にわたっていきものがかりの楽曲制作を支えてきた甲斐俊郎だ。

水野亀田さんとリモートで作ってきた、特殊なプロジェクトです。

亀田今まで、こんなに話し合いながら作ったことはないよね。

吉岡ないです。早速、亀田さんが教えてくれた、歌詞を書く時に「!」とか「?」をつけとくというのをやってます。

亀田みんなとやり取りしていて、本当に気付きがあったんですよ。スタジオでは話さなかったことようなことも沢山話たし。

レコーディングに集まったメンバーは、河村“カースケ”智康(Dr)、皆川真人(Pf)、西川進(Gt)。これまで亀田誠治のプロデュース作品やいきものがかりのレコーディングにもたびたび参加してきた名うてのミュージシャンたちだ。日比谷音楽祭2021にもスペシャルバンド「The Music Park Orchestra」のメンバーとしてもステージに立つことが決まっている。レコーディングは、集まった面々に、改めて「今日から、ここから」という曲がどのように生まれてきたかを説明することから始まった。

亀田デモを聴く前に、この曲がどうして生まれたかをみんなに知っておいてもらいたいんだけど。

水野タイトルが「今日から、ここから」というタイトルで。普段の音源だと、みなさんに演奏していただいて完成したらそこがゴールラインなんですけど、この曲はここからがスタートという感じなんです。日比谷音楽祭でみなさん聴いていただくのもそうだし、普通のリリース作品と違って、どんどん生きてほしい、変わっていってほしいなって。

亀田受け取る人が自由に自分たちで歌ってみるのもいいという。本当に、この一年の人の気持ちと僕らの気持ちが詰まっている一曲なんで。今日は、作ってきたものを初めて生演奏するんです。今まではデータ上でしかやってなかったことが、今日、生まれる。どうせやるならということで、日比谷音楽祭のステージに立つみんなをメンバーに呼んで、レコーディングすることにしました。そういう曲です。心を込めて録音しましょう。

河村、皆川、西川がそれぞれのブースに向かい、ベースは亀田自身が担当、一発録りのスタイルでレコーディングが進む。最初のテイクを録り終えたあと、水野が演奏のテンポを少し上げることを提案する。

水野全体的にもう少し軽やかなイメージでもいいのかなと思いました。結構ずっしりしてるというか。邪魔じゃなければ吉岡が歌ってみるのはどうですか?

吉岡歌いたいです。

亀田自然な感じ、大事かもね。経緯が経緯だから。重くストーリーをつけていくのは簡単なんで。

水野力強くなりすぎてしまってもよくない。優しい感じになったらいいかな。

こうして、テイク2からはバンドの演奏と一緒に吉岡が歌うことになった。演奏を終えた河村“カースケ”智康からは、こんな言葉も。

カースケ頭のところの歌が「ケ・セラ・セラ」って言ってるかと思ったら、違うんだね。「今日から、ここから」だったんだ。

亀田いいじゃん! 空耳! 意味的にも同じだ。

カースケあ、違ったんだ、って思って。

吉岡実はそう歌ってるんです、なんちて(笑)。

亀田ははは! カースケさんほど人生を重ねると、これが「ケ・セラ・セラ」に聴こえるんじゃないの?

カースケ「ケ・セラ・セラ」って何語?

亀田フランス語で、なるようになる。レット・イット・ビーと同じ意味だね。

最終的に、よりよい演奏のニュアンスを求めて合計4テイクが録音された。演奏を終えた亀田が「いいんじゃない!?」と満足気な表情を見せる。全員でプレイバックを聴き返し、最終的にテイク3が採用されることになった。ここに今野均ストリングスによる弦楽の生演奏を加えてオケは完成。歌入れを前に、亀田とメンバー3人が、歌詞や譜割り、歌い方の細かい部分を話し合う。

亀田最後のところ、「気持ちいい 風の中で」「新しい 風の中」で締めるのもいいと思う。どう思う、ほっち?

山下いいと思います。あと一つ、「愛しき」となってるところも「愛しい」でよくないかなと思って。ここだけ言葉尻が固い気がする。

水野歌っていてどうなんだろう?

吉岡(歌う)「い」は多いけれど、歌い分けることは可能。

水野うん、いいんじゃないかな。で、最後は亀田さんが言ったように1回目が「気持ちいい 風の中で」、2回目が「新しい 風の中」で。

亀田いいと思う。

作詞・作曲のクレジット表記をどうするかも4人の話し合いで決められた。

水野「亀田誠治・いきものがかり」でもいいですし、「亀田誠治・水野良樹・吉岡聖恵・山下穂尊」と全員の名前を書かせていただいてもいいですし。

亀田名前をわけることに変な意味がなければ、こっちのほうが素敵だよね。ただ、慎ましやかな性格なんで、自分を最後に――。

水野いやいや! ここはもう亀田ボスなんで(笑)

亀田ははは。慎ましやかな性格の人は自分で「慎ましやか」って言わないか(笑)。

こうして、オケのレコーディングは終了。ヴォーカルのレコーディングとミックス、マスタリングを経て、最初の打ち合わせから約1年を経て楽曲が完成した。


いきものがかり「今日から、ここから」
作詞・作曲:亀田誠治・水野良樹・吉岡聖恵・山下穂尊
編曲:亀田誠治

今日から ここから
この世界 かわってゆくように
今日から ここから
願い こめて
優しい 風の中で

Lalala...

朝がくるまで ひとり泣いてた
懐かしい歩幅で どこへいこう
いつもの日々と
愛しい今が
やさしく溶け合っていくよ

今日から ここから
この世界 かわってゆくように今日から ここから
歩きはじめよう
今日から ここから
風がまた かわってゆくように今日から ここから
日々を重ねよう愛しい 空の下で

つまづいた時 差し伸べられた
あの手 握れずにいたけれど
ほほえみだけは 忘れたくない
いつかまた会えるから

Lalala... Lalala...

今日から ここから
この世界 かわってゆくだろう
今日から ここから歌いながら
今日から ここから
僕もまた かわってゆくだろう
今日から ここから
想い 伝えよう

遠くこの空 君といま手を伸ばして
優しい 笑顔を忘れたくない
新しい 風の中で新しい 風の中で

今日から ここから
今日から ここから
今日から ここから
今日から ここから Ah
風の中で Yeah
今日から ここから
また語ろう
気持ちいい 風の中で
新しい 風の中で

この曲が初めて披露されるのは、2021年5月29日。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の延長を受けて無観客でのオンライン生配信によって開催されることになった「日比谷音楽祭2021」の1日目、いきものがかりのステージだ。そして2021年の5月30日には楽曲が配信リリースされる。

が、彼らが語っていたように「今日から、ここから」という曲が本当の意味で“完成”するのは、もう少し先のことになるのだろう。新型コロナウイルスの感染が収束し、日常が戻ってきたとき。ライブやコンサートやフェスが再び完全な形で開催され、誰もが不安なく集まることのできるようになったとき。歌詞の言葉にあるように、気持ちいい風の中で、新しい風の中で、みんなが声を合わせて一つの歌をうたえるようになったとき。

そして、きっとその先も、訪れる苦難を乗り越え新たに歩み始めることを心に誓う人たちの、それぞれの胸の内で――。

この曲に込められた“願い”は長く受け継がれていくことになりそうだ。

文・構成/柴那典

観察日記 2021年4月2日収録

今、ここ

メンバーが当時の事を振り返ります。
「今、ここ」でのつぶやきです。